【食は広州にあり!】広州で訪れたい観光スポットを紹介!歴史・文化・グルメ・近代都市を楽しむ街歩き!

現地で楽しむ 世界観光地

中国南部を代表する大都市、広州

長い歴史を持ちながら、現在は高層ビルが立ち並ぶ近代都市へと発展し、古い街並みや寺院、伝統建築が残る一方、広州タワーや珠江沿いには現代的な都市景観が広がっています。

さらに広州は「食は広州にあり」という言葉でも知られる、美食の街!

広東料理や飲茶を楽しみながら、歴史ある街並みから高層ビルが立ち並ぶ近代都市まで、一度に楽しめるのが広州の魅力です。

今回は、広州で訪れたい7つの観光スポットを1日で巡ってきたので、そのプランニングを紹介します。

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広州はどんな街?

広州は、中国南部の広東省に位置する省都で、人口1,500万人を超える巨大都市です。珠江デルタの中心都市として発展し、現在では北京、上海、深圳などと並ぶ中国を代表する大都市の一つとなっています。

広州の歴史は非常に古く、約2,200年以上前にまでさかのぼり、古くから中国南部の政治・経済・貿易の中心地として栄え、海のシルクロードの重要な拠点としても発展してきています。

現在の街にも、南越王国の時代から続く歴史を感じられる史跡や寺院、伝統的な建築物が数多く残されています。

広州は中国を代表する「食の街」としても有名で、「食は広州にあり」という言葉があるほど食文化が豊かで、広東料理や飲茶、点心などは広州を訪れた際にぜひ味わいたい食体験です。

素材の味を生かした繊細な料理が多く、日本人にも親しみやすい料理が多いのも特徴です。

一方、現在の広州には高層ビルや大型ショッピングモールが立ち並び、地下鉄や高速鉄道などの交通網も整備されています。珠江沿いには広州タワーをはじめとした近代的な都市景観が広がり、夜になると街全体がライトアップされます。

1日で広州の主要スポットを巡ってきたので、自分のプランを紹介していきます。

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南越王博物院

広州の歴史を知るなら、南越王博物院(王墓展区)は訪れたい場所!

ここには、紀元前2世紀ごろに広州を中心とした南越国を治めた第2代南越王・趙眜の墓が保存されています。

南越国は、紀元前203年ごろに趙佗(ちょうた)によって建国されました。趙佗はもともと秦の武将でしたが、秦の滅亡後に中国南部で勢力を拡大し、当時の広州に南越国の都を設置。

南越国の歴史を現在に伝える重要な遺跡が、広州で発見された「南越王墓」です。

1983年、広州市内で工事中に偶然発見されたのが、南越国第2代王・趙眜(ちょうまつ)の墓です。

ちなみに初代王の墓はいまだに見つかっていないのに、2代目の墓は広州市中心部で発見されたと言うことです。

墓は山の中腹を掘って造られた大規模な石室墓で、内部からは玉器、青銅器、陶器、金銀製品など、1,000点を超える貴重な文化財が出土されています。

中でも特に有名なのが、玉片を糸でつないで作られた「玉衣」です。

玉衣は、王の遺体を覆うために作られたもので、数多くの玉片が使用されています。当時の南越国が非常に高度な技術と豊かな文化を持っていたことを示す貴重な資料です。

古代中国の王がどのような埋葬をされていたのかを見ることができ、広州の歴史を知るうえでも興味深い博物館です。

墓室を実際の場所で見ることができるため、単に展示品を見るだけの博物館とは違い、当時の王墓がどのように造られていたのかを体感できます。

現在の広州は巨大な近代都市ですが、ここを訪れると、2000年以上前からこの地域に独自の歴史と文化が存在していたことをかなり実感できます。

中山紀念堂

中山紀念堂は、広州を代表する歴史的建築物の一つです。

中国革命の指導者として知られる孫文(孫中山)を記念して建設された建物で、広州の中心部に位置しています。

中山紀念堂が建てられた場所には、もともと清朝時代の施設があり、その後、辛亥革命を経て軍政機関が置かれていました。

1921年、孫文が中華民国の「非常大総統」に就任すると、この場所に大総統府が置かれましたが、翌1922年、軍閥の陳炯明が反乱を起こし、総統府は砲撃によって大きな被害を受け、建物は破壊されてしまいます。

その後、1925年に孫文が亡くなると、孫文を記念するための紀念堂を建設する計画が進められ、かつて孫文が政務を行った場所に現在の中山紀念堂が建てられたのです。

青色の八角形を基本とした大きな屋根と赤い柱が特徴的な中国式建築で、外観だけでも非常に存在感があります。

内部には鉄骨や鉄筋コンクリートが使用され、巨大なホールを実現しています。特に驚くのが、約71mにも及ぶ大きなホールの内部に柱がないことです。

中山紀念堂の舞台中央には、孫文の「総理遺嘱(遺言)」が刻まれた漢白玉の石碑が置かれています。

中国の伝統的な外観と、西洋から導入された近代建築技術を組み合わせた、20世紀初頭の中国建築を代表する建物の一つです。

建物の内部で注目したいのが、正面に掲げられている「天下為公」という言葉です。

これは「天下はすべての人々のためにある」という意味で、孫文が掲げた思想を象徴する言葉として知られています。

中山紀念堂の大きなホールと、この「天下為公」の文字を一緒に見ると、単なる建築物ではなく、孫文の思想や中国の近代化を象徴する場所であることが分かります。

中山紀念堂を訪れると、広州が単なる古い歴史都市ではなく、中国が王朝の時代から近代国家へと変化していく過程にも深く関わった都市であることが分かります。

陳家祠堂(陳氏書院)

広州を代表する歴史的建築の一つが、陳家祠堂(陳氏書院)です。

陳家祠堂は、清朝末期の1888年に建設が始まり、1893年に主要部分が完成、1894年に全体が完成。清朝末期に広東省各地の陳氏一族が資金を出し合って建設した大規模な宗祠です。

陳家祠堂の大きな特徴は、その規模です。

敷地は約1万5,000平方メートルに及び、複数の建物と中庭、回廊から構成されています。建物は左右対称に配置され、正門から奥へ進むと主要な建物が一直線に並ぶ、伝統的な中国建築の構成になっています。

建物の外側から見ると大きな塀に囲まれていますが、中に入ると複数の中庭が現れ、建物と建物の間を回廊がつないでいます。

先祖を祀るだけでなく、科挙を目指す一族の子弟が学習や宿泊をする場所としても利用されました。

建物の最大の見どころは、屋根や梁、柱、壁などに施された精巧な装飾です。木彫、石彫、レンガ彫刻、陶塑、灰塑など、広東地方の伝統工芸が建物全体に取り入れられています。

特に細かな装飾を一つずつ見ていくと、中国の伝統建築が単なる「古い建物」ではなく、建築と彫刻、絵画、工芸が一体となった総合芸術だったことが分かります。

広州タワーが「現代の広州」を象徴するなら、陳家祠堂は「伝統的な広州・広東文化」を象徴する場所といった感じです。

六榕寺

六榕寺は、広州を代表する古刹の一つです。

歴史は非常に古く、南北朝時代にまでさかのぼります。境内で特に目を引くのが、高さ約57mの六榕花塔です。

鮮やかな赤色の塔は広州の街中でも目立ち、六榕寺のシンボルとなっています。

寺院の境内に入ると、周囲の近代的な都市とは違った静かな雰囲気が広がります。

高層ビルや繁華街を巡る広州観光の途中で、歴史ある寺院を訪れてみるのもおすすめです。

沙面島

白鵝潭に位置する面積約0.3平方キロメートルの小さな島で、現在は美しい並木道と歴史的な建築物が残る観光スポットになっています。

島全体が「沙面建築群」として保存されており、広州の中でも独特の景観を持っています。

 

沙面島を歩いていると、中国の伝統的な街並みとはまったく違った雰囲気に気づきます。

かつて外国人居留地として発展した場所で、道路沿いには西洋風の建築物が並び、古い教会や銀行、領事館、ホテルなどが残されています。

美しい並木道を歩きながら、さまざまな建築様式の建物を見られるのが沙面島の魅力です。

古くから海外との交易で栄えてきた19世紀から20世紀の広州の姿を感じることができる、広州を代表する歴史スポットです。

広州の高層ビルや繁華街とはまったく異なる雰囲気なので、のんびり歩きながら建築物を眺めるのがおすすめで、カフェやレストランなどもあり、広州観光の中でも比較的ゆっくり過ごせるエリアです。

広州タワー

広州タワーは、広州を象徴するランドマークです。

高さ600mを誇る巨大なタワーで、広州の近代都市としての発展を象徴しています。

特徴的なのは、細くくびれた独特のデザインです。その姿から「小蛮腰」という愛称でも呼ばれています。

展望エリアからは広州の街並みを一望でき、珠江や周辺の高層ビル群を見ることができます。

面白いのが広州タワーでは、東京スカイツリーにはない、ちょっと変わった体験を楽しむことができます。

その代表が、タワーの外側を利用したアトラクション!

高層階の外周をハーネスをつけて歩いたり、タワーの上部にアトラクションなどがあり、単に展望台から景色を見るだけではなく遊べる施設があるのです。

特に、タワーの上部に設置された摩天輪は、地上から数百メートルの高さでタワーの外周をゆっくりと一周する観覧車です。一般的な観覧車とは違い、巨大なタワーの頂上付近を移動するため、まるで空中を走っているような感覚を味わえます。

東京スカイツリーにも展望台やガラス床などがありますが、広州タワーでは高い場所から景色を見るだけでなく、高い場所そのものをアトラクションとして楽しむことができます。

広州の街並みを眺めながら、地上数百メートルの高さで遊ぶという、広州タワーならではの体験です。

特に夜はライトアップされ、珠江沿いの夜景とともに美しい景色を楽しめます。

歴史的な観光地が多い広州ですが、広州タワーでは現在の中国が作り上げた巨大都市のスケールを感じることができます。

北京路歩行街

北京路歩行街は、広州中心部にある代表的な繁華街です。

歩行者専用のエリアを中心に、ショッピングモールや飲食店、土産物店などが数多く集まっています。

昼間から多くの人で賑わっていますが、特に夜になるとネオンや店舗の明かりが増え、非常に活気のある雰囲気になります。

北京路には、かつての道路遺構をガラス越しに見ることができる場所もあり、単なるショッピング街ではなく、広州の長い歴史を感じられる場所でもあります。

食事をしたり、買い物をしたりしながら街を歩くだけでも、現在の広州の活気を体験できます。

広州といえば「食は広州にあり」

広州観光の大きな楽しみが食事です。

炳胜品味は、ミシュランの広州版に掲載されているレストランで、ここで食べたい料理は、秘制黑叉烧(秘製黒叉焼)です。

炳胜の名物で、普通の叉焼より濃厚で、表面が香ばしく甘めな感じです。

「食は広州にあり」という言葉があるほど、広州は中国でも有数のグルメ都市として知られています。

特に代表的なのが飲茶です。点心を少しずつ注文しながら、お茶を飲んで食事を楽しむスタイルは、広東文化を代表する食習慣の一つです。

ここは数多くの賞を受賞している有名な「点都徳」ミシュランの広東飲茶レストランです。

エビ蒸し餃子や焼売、腸粉、叉焼など、広東料理には日本人にも比較的食べやすい料理が多いのも特徴です。

デザートに食べてみたいのが「南信」の双皮奶です。

南信は1934年創業の老舗で、現在も地元客で賑わうミシュランの人気店。

日本のプリンとは違い、濃厚なミルクのコクと、とろけるようになめらかな食感が特徴。広州ならではの伝統的なスイーツを気軽に味わえる名物です。

広州を訪れたら、観光地を巡るだけではなく、ぜひ本場の広東料理も楽しみたいところです。

深圳とは違う広州の魅力

広州から近い場所には深圳があります。

深圳は無人タクシーやドローン配送、巨大なショッピングモールなど、最新テクノロジーを体験できる都市として注目されています。

それに対して広州は、最新都市としての一面を持ちながら、歴史や食文化も非常に強く残っています。

そのため、深圳では「未来の中国」を感じ、広州では「歴史と現在が混ざった中国」を感じる、と考えると分かりやすいかもしれません。

両都市は高速鉄道でも移動しやすいため、深圳と広州をセットで旅行するのもおすすめです。

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まとめ 

広州の面白さは、こうした異なる時代の歴史が一つの街の中に残っていることです。

南越国では王国の都として栄え、漢の時代には中国南部の重要都市となり、唐・宋では海上交易の拠点として発展。清の時代にはヨーロッパとの貿易が盛んになり、近代には孫文の革命運動の舞台となり、そして現在は、中国を代表する巨大な国際都市へと成長しています。

南越王博物院では古代の広州を知ることができ、六榕寺や陳家祠堂では伝統文化を感じられ、沙面島では近代の国際貿易の歴史に触れ、中山紀念堂では中国近代史を感じることができます。そして広州タワーや珠江沿いまで行けば、現代の中国を象徴する巨大都市の姿を見ることができます。そして最後に本場の広東料理や飲茶を味わう。そんな過ごし方をすると、広州という街の魅力がよく分かります。

「食は広州にあり」だけではなく、歴史・文化・グルメ・近代都市が一つに詰まった街。それが広州です!

ぜひお試しあれ!

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